ブルグミュラーの壁を越える。練習が「作業」から「音楽」に変わる瞬間の、一音の余韻

POINT

ブルグミュラーで直面する「練習の作業化」を打破する鍵は、指のテクニックではなくソルフェージュ(和声感)にあります。音の響きを理解することで、子供は指示待ちの練習から卒業し、自ら音を選ぶ「表現者」へと成長します。

「最近、うちの子のピアノがなんだか機械的で……」
「ブルグミュラーに入ってから、難しくなったせいか練習が辛そうなんです」

そんなお悩みを、中級者に差し掛かったお子さんを持つ親御さんからよく伺います。

昨日まで弾けていたはずの曲が、急に「ただ音を並べているだけ」のように聞こえる。お子さんの肩は上がり、指先はこわばり、必死に楽譜を追いかけているけれど、心はどこか別の場所に置かれているような、そんな感覚。

実は、その「壁」の正体は、指のテクニック不足ではありません。楽譜という設計図を読み解く「和声感(ハーモニーを感じる力)」、つまりソルフェージュの力が追いついていないことが原因であることが多いのです。

今日は、私の教室で実際に起きている、子供たちのピアノが「作業」から「音楽」へと劇的に化ける瞬間の物語をお話しします。

肩の力が抜け、指先が「音を置く」ように変わるとき

ブルグミュラーの『アラベスク』や『貴婦人の乗馬』。これらの名曲に挑むとき、多くの子供たちが陥るのが「速く指を動かすこと」への執着です。

必死に楽譜を追っているとき、お子さんの体はどうなっているでしょうか。肩がぐっと上がり、指先は突っ張って、まるで鍵盤を叩きつけるような打鍵になっていないでしょうか。親御さんも、横で見守りながら「もっとリラックスして」と声をかけたくなるはずです。

もちろん、弾き慣れてくれば多少の脱力はできてきます。しかし、本当の意味で余計な力が抜け、音楽が呼吸を始めるのは、その子が「音の響き」を聴き分けた瞬間です。

私はレッスンで、よくこんな話をします。
「この和音と、次の和音。どっちの方が重たい感じがする? どっちの響きをより強く届けたい?」

Before

鍵盤を「叩いて」鳴らしていた、機械的な打鍵

After

和音の移り変わりを耳で選び、鍵盤の上にそっと「音を置く」繊細な動き

和声感を意識できるようになると、生徒たちのタッチは劇的に変わります。 それまでは鍵盤を「叩いて」鳴らしていた音が、和音の移り変わりを耳で選ぶようになると、まるで鍵盤の上にそっと「音を置く」ような、繊細で丁寧な動きに変わるのです。

この「音を置く」という感覚。これこそが、単なる作業としての練習を卒業し、表現者としての第一歩を踏み出した証拠です。

指導者の指示を待つ「受け身」から、自ら音を選ぶ「表現者」へ

なぜ、和声を理解することがそれほど重要なのでしょうか。

正直に申し上げます。和声をしっかり学ぶまでは、私たち講師が「ここは強く」「ここは弱く」と逐一教えなければなりません。それでは、生徒さん本人が自分で考えて弾くことができないのです。

自ら音を選ぶ「表現者」

和音の響きの変化を感じ取り、「ここはドラマチックにしたい」と自分で判断する

指示を待つ「受け身」

楽譜の記号をただの命令として受け取り、言われた通りに強弱をつける

楽譜に書いてある「フォルテ」や「ピアノ」という記号を、ただの命令として受け取るのか。それとも、和音の響きの変化を感じ取って「ここはドラマチックにしたいから、これくらいの強さが必要だ」と自分で判断するのか。この差は、将来的に大きな違いとなって現れます。

私のレッスンでは、和声を理解してもらうために、あえて言葉で説明しすぎないようにしています。その代わりに「弾き分けクイズ」をよく行います。

私が「正しい弾き方」と「音楽的ではない弾き方」を両方弾いてみせて、「どっちが素敵だと思う?」と当ててもらうのです。

生徒たちはゲーム感覚で、一生懸命に耳を研ぎ澄ませます。「こっちの方が、さっきの音と繋がって聞こえる!」「この和音のときは、もっと深い音がするはず」……。

正解を見つけ、自分なりの「好きな響き」を選び始めたときの、生徒たちの誇らしげな笑顔。それは、先生の指示を待つだけの「受け身の練習」から解放され、自分の意志で音を紡ぐ「表現者」に変わった瞬間の、何物にも代えがたい輝きです。

親御さんからも、「最近、家での練習が充実しているようです」「自分で音を聴くようになりました」と嬉しいお声をいただくことが増えています。

平坦な音楽が「個性」を帯びる、一音の余韻と休符の魔法

和声を理解したあとに訪れる変化は、単に「上手くなる」だけではありません。 音楽が平坦なものではなくなり、その子にしか出せない「個性」が宿り始めるのです。

私が指導者として最も幸せを感じるのは、まさにこの瞬間です。

一音の余韻

次の音へ移る前の、ほんのわずかな響きの残し方に、その子の優しさが表れる

休符の感じ方

音がない瞬間に、どんな緊張感や静けさを込めるのかを自分で選ぶ

例えば、ある一音の余韻。 次の音へ移る前の、ほんのわずかな響きの残し方に、その子の優しさが表れることがあります。 あるいは、休符の感じ方。 音がない瞬間に、どんな緊張感や静けさを込めるのか。

これらは、どれだけ指が速く回っても、楽譜を完璧に読み取っても、和声感という「音楽の仕組み」を心で理解していなければ生まれない表現です。

「あ、今の休符、すごく素敵……」
そう思わず息を呑むような瞬間に立ち会えるのは、講師としての醍醐味です。それは、その子が「楽譜という正解」をなぞるのをやめて、自分の心で音を選び取った結果だからです。

音楽の仕組みを知ることは、自力で弾き続けるための「自立した力」に繋がる

もし今、お子さんがピアノを「こなすべき作業」のように感じて苦しんでいるとしたら、それは指を動かす技術だけでなく、音楽の構造を理解し、主体的に取り組む段階に来ているのかもしれません。

和声を学び、音楽の仕組みを理解することは、単なる知識の習得ではありません。将来お子さんが大人になっても、自分の力で楽譜を読み、自分の考えで音楽を組み立てて、一生ピアノを楽しんでいくための「自律した演奏力」になります。

耳が育つことで、ピアノはただの習い事ではなく、自分の考えを音にするための手段になります。

一音の余韻にまで気を配り、休符の意味を考える。 そんなソルフェージュの力で身につく論理的な視点は、必ずお子さんの演奏をより確かなものにしてくれるはずです。

TIP

指の練習に行き詰まったときこそ、音の「響き」に耳を傾けるチャンスです。和音の変化を感じるソルフェージュの視点を取り入れることで、練習は苦行から創造的な時間へと変わります。

私たちは、ただ指を動かす技術を教えているのではありません。 音が「響き」として成立する喜びを、転じて自分の意志で音楽を作る楽しさを、子供たちと一緒に見つけていきたい。

そう願って、今日もまた、生徒たちの奏でる「一音」に耳を澄ませています。

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ピアノを中畠由美子、中島昌子、北川正、矢野裕子、楊麗貞の各氏に師事し、ソルフェージュを鈴木しのぶ、上田真樹の各氏に師事。
桐朋学園大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、子供から大人まで幅広く指導を行うピアニスト

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