ピアノの音がバラバラに聞こえる原因と対策:鍵盤の底を捉えて「線」の演奏をつくる方法

楽譜に書かれた記号を一つひとつ丁寧に追い、正しく弾こうとする。その真面目な姿勢は、大人の学び直しにおいて何よりの武器になります。しかし、レッスンで「もっと表情豊かに」「滑らかに繋げて」とアドバイスされ、戸惑ったことはありませんか?

「スラーは繋げる、スタッカートは短く。ルール通りに弾いているはずなのに、なぜか自分の演奏が機械的に聞こえる……」

POINT

アーティキュレーションとは単なる「記号のルール」ではなく、音楽という言葉を喋るための「滑舌」そのものです。

今回は、初心者の方の演奏にありがちな「音がバラバラに点在する状態」を脱し、音楽を豊かな「線」に変えていくための、私の体感に基づいたヒントをお伝えします。

アーティキュレーションは「滑舌」、フレージングは「朗読」

私はよく、アーティキュレーションを「滑舌(かつぜつ)」に例えます。スタッカートで歯切れよく喋るのか、スラーでなめらかに言葉を繋ぐのか。一つひとつの音の切り方や繋げ方、つまり「発音」のテクニックがアーティキュレーションです。

一方で、よく混同される「フレージング」は、文章の「朗読」に例えられます。どこで息を吸い、どこに山の場(クライマックス)を持ってくるか。一文をどう解釈して、一つのまとまりとして表現するかという、より大きな視点のことです。

アーティキュレーション(滑舌)

音の切り方・繋げ方といった「発音」の技術。一音一音の明瞭さに関わる。

フレージング(朗読)

文章の区切りや抑揚といった「解釈」の技術。音楽のまとまりに関わる。

この「滑舌(アーティキュレーション)」が悪いと、どれだけ素晴らしい「朗読(フレージング)」をしようとしても、聞き手には伝ません。逆に、滑舌ばかりを気にしすぎると、今度は一文字ずつがぶつ切りになり、文章としての意味をなさなくなってしまいます。

演奏が「点」になってしまう理由

初心者の方の演奏を聴いていて、私が「もったいないな」と感じる瞬間の多くは、「音が線にならずに点々とバラけている」状態です。

WARN

「短く弾かなきゃ」と指を跳ね上げたり、「離さないように」と鍵盤を押し込んだりする一生懸命さが、かえって音楽をブツ切れの「点」にしてしまうことがあります。

なぜ「点」になってしまうのか。その原因は、指先の繊細なコントロールにあります。

スタッカートを弾くとき、指先に力が入っていないと、音質が「ふにゃっ」と頼りなくなってしまいます。一方で、力を入れすぎると音は硬く、鋭く突き刺すような音になってしまう。スラーで弾くときも、ただ鍵盤を押さえているだけでは、音と音の間に見えない隙間が生まれます。

この「点」を繋いで「線」にするためには、指先の強さと、体全体の脱力という、一見矛盾するような状態を両立させなければなりません。

魔法の言葉は「鍵盤の底に吸い付く感覚」

レッスンで生徒さんの音が劇的に変わる瞬間があります。それは、私が「鍵盤の底に吸い付く感覚で弾いてみて」と伝えたときです。

TIP

「脱力」といっても指先まで緩めるのではありません。腕の重みは抜けていても、指先だけは磁石が吸い寄せられるように、鍵盤の底をしっかりと捉え続けることが重要です。

この「鍵盤の底に吸い付く感覚」は、特定のフレーズや記号のときだけ意識するものではありません。曲の最初から最後まで、ずっとその感覚を維持します。

スタッカートであっても、スラーであっても、指が鍵盤の表面を叩くだけで浮いてしまっては、音に芯が生まれません。鍵盤の底までしっかりと重みを届け、そこから指が離れる瞬間までコントロールする。この粘り強さのような感覚が、バラバラだった「点」を、意志のある「線」へと変えていくのです。

指がしっかりしていないと、音はふにゃふにゃになります。でも、指先が鍵盤の底を掴んでいれば、どんなに小さな音でも、どんなに短い音でも、そこには豊かな響きが宿ります。

他の楽器の例えよりも、自分の耳を信じること

よく音楽の指導では、スラーを「ヴァイオリンの弓の動き」に、スタッカートを「フルートのタンギング」に例えることがあります。しかし、私は初心者の方に他の楽器の例え話をすることはあまりありません。なぜなら、他の楽器を経験したことがない方にとって、それはイメージをさらに複雑にしてしまうことがあるからです。

それよりも、私は「実演による聴き比べ」を大切にしています。

もったいない例

音が点々とバラけて、響きが途切れている弾き方

目指したい例

鍵盤の底に吸い付いた、意志のある「線」を感じる弾き方

正解は、自らの耳が知っています。自分の出した音が、ただの「点」として消えていっていないか。それとも、次の音へと向かう「線」の一部になっているか。それを判断する目安は、自分の音をよく聴き、そこに「意志」を感じられるかどうかです。

音楽の「ヤマ場」を意識する

アーティキュレーションという「滑舌」が整ってきたら、次は「朗読」としてのフレージングを意識してみましょう。

音楽には必ず「ヤマ場」があります。そのフレーズの中で一番高い音はどこか。クレッシェンドやデクレッシェンドがどこに向かっているか。楽譜をじっと眺めて、音楽の呼吸がどこで一番深くなるのかを探してみてください。

ヤマ場に向かうとき、私たちの体は自然と高揚します。そのときも、基本は「脱力」です。力んで指を押し付けるのではなく、腕の重みをより深く鍵盤に預け、吸い付く感覚をさらに強めていく。

「どんな時も脱力」これはピアノを弾く上で最も大切で、かつ最も難しいテーマです。でも、「鍵盤の底に吸い付く指先」という支えがあれば、体はもっと自由に、もっと楽に動かせるようになります。

最後に:指先から奏でる、自分だけの響きを

大切なのは、指先が鍵盤とどう対話し、どんな音を奏でているかです。

記号を「守るべきルール」として捉えるのを、一度やめてみませんか。その代わりに、その記号が自分にどんな「喋り方」を求めているのかを想像してみてください。

鍵盤の表面を叩くるのではなく、その底にある響きの源に触れにいく。音がバラバラの点にならないよう、磁石のような指先で音を繋いでいく。

その少しの意識の変化が、指先を動かすだけの動作を、心に響く「音楽」へと変えてくれるはずです。今日の練習から、ぜひ「鍵盤の底に吸い付く感覚」を、指先に探してみてください。

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ピアノを中畠由美子、中島昌子、北川正、矢野裕子、楊麗貞の各氏に師事し、ソルフェージュを鈴木しのぶ、上田真樹の各氏に師事。
桐朋学園大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、子供から大人まで幅広く指導を行うピアニスト

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