1月29日に東京芸術劇場コンサートホールでラファウ・ブレハッチのピアノ・リサイタルがありました。ブレハッチは、2005年に行われたショパン国際ピアノコンクールで1位と、マズルカ賞、ポロネーズ賞、コンチェルト賞、ソナタ賞、聴衆賞と全てを受賞したピアニストです。プログラムは前半と後半で分かれていて、前半はベートーヴェンとシューベルト、後半はショパンでした。今回は後半のショパンを聴いた感想を書きたいと思います。
舟歌嬰へ長調op.60
この曲は1845年に作曲されたと言われています。この時期は、ショパンが亡くなる4年前で、恋人ジョルジュ・サンドとの関係が破局寸前で心身共に疲れ果てていた時期でした。「舟歌(バルカロール)」という名の通り、ゆったりとした水の流れや、船を漕ぐリズムを感じさせる穏やかな曲想が特徴です。この曲は、水の都として知られるヴェネツィアのゴンドラの漕ぎ手が歌う歌(バルカロール)からアイデアを得たと言われています。曲全体を通して、左手が絶えず揺れるようなリズムを刻んでおり、これが水面に浮かぶ船の動きや波のきらめきを表現しているようです。曲は嬰へ長調という、非常に響きの豊かな調性で書かれており、まるで夢見心地のような幻想的な雰囲気を持っています。中間部では情熱的でドラマティックな盛り上がりを見せますが、すぐに元の穏やかな流れに戻り、最後は静かに消え入るように曲が終わります。私はホールの後ろの方で聴いていたのですが、ブレハッチの演奏は、強い音も弱い音も澄んだ音で、その音色がホールの隅々まで届いているように感じました。
バラード第3番変イ長調op.47
この曲は1841年に作曲されたと言われています。彼の4曲あるバラードの中の3曲目にあたります。「バラード」とは、元々詩や物語を歌う形式のことで、ショパンのバラードも、まるで一つの物語を聴いているかのようなドラマティックな展開が特徴です。この作品が書かれた1841年頃、ショパンはフランス・パリを拠点に活動していました。この時期は、彼にとって最も創造的な時期とされていますが、同時に結核の悪化により体調が優れず、徐々に病状が進行していました。プライベートでは、彼が生涯で最も長く関係を続けた作家のジョルジュ・サンドとの関係が円熟期を迎えていました。ショパンはサンドと、パリの自宅や、夏の長期休暇にはサンドが所有するノアンの屋敷で過ごしていました。変イ長調という明るく柔らかな響きの調性で始まり、優雅で穏やかな雰囲気を持っています。この曲の冒頭のテーマは、軽やかで少し物憂げな雰囲気も感じさせる、とても美しい旋律です。中間部では、激しい情熱を帯びた部分や、華麗なパッセージが登場し、曲全体に緊張感と躍動感を与えます。クライマックスに向けては、主題がさらに壮大に、そして情熱的に歌い上げられます。ブレハッチの演奏は、この曲の持つ優雅さと情熱の対比が素晴らしかったです。主題が美しく歌われる場面では、その音色の豊かさに引き込まれました。強い音の時に鍵盤を叩いてしまう演奏家は多いのですが、ブレハッチは決してそのようなことはなく、無駄な力が入っていないので、音がとても綺麗でした。
3つのマズルカop.50
この曲は1841年から1842年にかけて作曲されたと言われています。ショパンが生涯にわたって書き続けた「マズルカ」は、故郷ポーランドの民族舞踊を元にした作品です。マズルカは、ポーランドの田舎で踊られていた素朴で活発な舞曲で、3拍子のリズムが特徴です。Op.50の3曲は、マズルカの中でも比較的規模が大きく、洗練された技法が用いられています。ブレハッチは、マズルカの独特なリズムをしっかりと捉えて演奏されていました。私もマズルカをよく弾きますが、マズール、クヤヴィアク、オベレクの弾き分けがとても難しいです。ブレハッチはポーランドの方なので、マズルカのリズム感が潜在的にあるのかもしれません。今回のプログラムで一番感動しました。
スケルツォ第3番嬰ハ短調op.39
1839年に完成させたと言われています。特に激しさと叙情性のコントラストが際立つ作品です。この曲の主題部分は、荒々しさとダイナミズムが表現されます。非常に速いテンポで、激しく畳みかけるようなパッセージが続きます。しかし、その激しい主部と対照的に、中間部では幻想的な世界が広がります。ここではコラール(賛美歌)のような重厚な和音の旋律が現れ、その後に、まるで泉が湧き出すかのような美しいアルペジオが降り注ぎます。このアルペジオは、教会の鐘が響き渡る中、天使が舞い降りてくるようだとも言われています。この曲については一つ前のブログでアムランの演奏について触れましたが、当然ですが、弾き方が全然違いました。アムランは激しい主部と、幻想的な中間部の対比が素晴らしかったです。ブレハッチは激しい主部でも力が入っているようには見えず、余裕をもって弾いているように感じました。どちらも違う良さがあったので、また聴きに行きたいと思いました。